和紙を透過する光と色を操り、構造となる竹の骨にさえ意匠を凝らし、円形のフォーマットの中でグラフィックの冴えを見せつける。笠(柄がない庶民の生活用具)で足りるところを敢えて「傘」の贅沢をする江戸の町人文化として、傘のデザインは花開いた。江戸、京都、大阪、岐阜へと広がった産地の中で、金沢和傘の伝統を守るのは、松田和傘店ただ1軒である。
かつて和傘は約20種からなる工程を分業で製作していた。ところが洋傘が普及するにつれ、次々と職人が廃業。職人の松田弘氏は、竹を細く割り、骨を削る加工だけは専用の道具が必要になるため、岐阜の骨屋から仕入れているが、あとは構造を組み立て、紙を裁断して張り、油を塗って仕上げるまで、全工程の技術を修得し、製作を行っている。
「傘が売れなかったから今日まで在庫が残ってしまった」手漉きの和紙は、なんと戦前から寝かせてあるストック。色味も風合いも、新品には真似のできない格を傘に与えてくれる。
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